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2007年4月 4日 (水)

掲示板

橋本直幸選手が、フクアリにデビュー。オマル監督(オシムの息子)とツーショット、そしてスタジアム掲示板には「橋本直幸」の名前が……。

2007年8月初旬に撮影。

Kantoku

Sm

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コメント

シニアサッカーのトレーニングについて
トレーニングというのは試合に出たときに自分なりに満足できるプレーをするための準備であると思います。
シニアといえども技術は向上します。個人の技術としてはボールコントロール(いわゆるトラップ)、ドリブル(フェイント、切り返し、スクリーン:取られないようなボールキープ)、ヘディング、キック(キックの種類、ボールの強さ、変化)があります。シニアのトレーニングの優先順位としては、(1)ボールコントロール、(2)キック(特にサイドキックで強く正確なパスができること)、(3)ドリブル、(4)ヘディング、であると思います。
個人の技術よりもさらに優先するのは走力(体力)のトレーニングであると思います。走力、ボールコントロール、キック(正確なサイドキック)の3つをトレーニングすれば目に見えて試合中のパフォーマンスは向上するはずです。
走力のトレーニングというと第一に「きつい!」というイメージを持つと思いますが、私が最近始めたのは、ランニングを趣味にしている妻に教えられたLSDというトレーニングです。LSDはLong Slow Distance、長い距離をゆっくり走るトレーニングです。会話をしながら走れるくらい、1kmを6分~7分くらいのペースで1時間以上を目安に走ります。周りの景色を楽しみながらリラックスして走ります。ペースを上げるよりも長い時間走ることを優先します。苦しいと感じるような速いペースで走ってはいけません。苦しくなくリラックスできるペースで走ります。私は昨年の11月頃から始めて、週に1回か、2週に1回、1時間~1時間半くらい走っています。体力が付いて、試合中に疲れにくくなったと感じています。是非皆さんも試してみてください。

投稿: 宮崎 | 2009年2月24日 (火) 22時40分

バラさんからの熱のこもった報告を受けて

県シニア最終戦 対 千葉40 
 前週の電研の逆転劇と同じように
 (0-3から4-3へ)
 最後まであきらめない
 皆の気持ちが 
 勝利に結びついたと感じました

前週の試合後
 あべさんから 「来週は千葉に一泡吹かせよう」
 という内容の言葉をいただき
 とにかく 最終節に気合を入れようと
 ひそかに燃えておりました

前半は
 FWも含め 完全に皆引いていました
 FWがMFにMFがボランチにボランチはDFにと吸い込まれ

でも 強い相手には
 前半は あれでよいのかもしれないと思いました
 全員の守備意識が高かったです
 (体力温存にもなったと思います)
 しもさんが言っていましたが
 逆サイドへ振られた時の対応さえできれば完璧です

前半途中
 ボランチ二人がボールに寄り過ぎと指摘を受け
 (逆サイドが空くということ)
 控えましたが 控えることで自分自身 
 ボールとの距離が曖昧になってしまいました
 
サイドバックはいつも悩むところだと思いますが
 サイドでのボールに誰がつくか(行くか)を
 その日のシステムのよって
 確認をした方がよいと思いました
 ワンボランチの菱形を組むなら サイドバックに加え
 サイドハーフとボランチが関与すると思いますが
 ボックス型のダブルボランチにした場合
 ボランチ二人がサイドに関与することもあります
 その時の逆サイドをどうするかの決めごとです

とにかく基本は遅らせて
 (サイドで奪うには裏を取られるというリスクが高い  と思います)
 遅らせている間に中央と逆サイドに人を戻し
 苦し紛れに出させたボールをカット
 のイメージでしょうか  

ポジション毎に話をしたあと
 更に全体で確認できるとよいと思いました

一つ提案です  
 昨日の試合 
 後半途中から 自分がワンボランチになり
 みやざきさんが上がってから
 攻めの形はとても落ち着きました

ボックス型を 4-2-2-2 と表記すると
 バランスを取り合うのが難しく
 サイドや前線にボールが行かないことが多々あります
 流行の 4-2-3-1 や
 今回の後半結果的にそうなった
 4-1-3-2 を後半最初から行うことも視野に入 れてみてはどうかなと思いました

守備は前線からとてもよくできつつあるので
 攻めの時に 一人は必ずサイドか前線にいる状況を
 作りたいと思うのです

選手権で 
 千葉に勝ちたいなーって(千葉に限らずですが)
 あらためて思いました

試合開始から気合いを注入してくれた
 ヤンスさん足の具合
 ひどくないことを祈っています

投稿: 瀧川 猛 | 2008年11月 3日 (月) 19時52分

新人賞をいただきありがとうございました!
いくつになっても嬉しいものだなと感じています(年齢のことは先輩方には失礼かもしれませんが)。
また、昨日は納会もドタキャンで申し訳ありませんでした。自分がインフルエンザにかからないよう気をつけたいと思います。
今日はレッズが3位になり、浦安40も2-0と完勝し、いいことばかりの一日でした。
膝の切り傷(スパイクされた)とももの打撲(「ももかん」や「ももち」といろいろな地方で呼び名が違うと思いますが)が痛いですが、大したことはありません。
ももの打撲は後方横からひざ蹴りをされ、ちょうど筋肉のないところ…サッカーにけがはつきものですから仕方ないですね
足首はいたって好調です。左右に動かしたり(指を広げたり閉じたり)回したり、少し負荷をかけたり、通勤や会議の時によくやっています。
すると、いつも試合後は痛かったのが今は痛くない!!足首が弱い方、ぜひお勧めです。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: 瀧川 猛 | 2007年12月16日 (日) 19時21分

本日、丸5ヵ月ぶりに復帰しました いきなりのフル出場で心配も吹っ飛び、試合にも集中でき、無事に終えることができました 先月の診察で腫れが引かないため再検査をし、フットボーラーズアンクル(使い過ぎによる骨の変形)という診断結果 それで治りが遅いとのこと どこの部位も骨の先端が細くなっており 特に、腱の脱臼とは反対側の内側の三角靭帯あたりが黒ずんでいてあやしいとの見立て… が、腱の脱臼は保存療法でうまく付いたみたいです 足首を左右に動かすリハ(筋トレ)をかなりこなしたことで試合後の腫れも少なく前より調子が良いくらいです(今日は無理してませんが) リハは頑張りすぎ リハの先生からもう教えることはないとのこと 診察は継続しておき何かあった時にはお世話になろうと思っています とにかく今日はサッカーができて走る苦しさよりも、楽しさが勝っていました 後期の三井リーグでの完全復帰を目指し(以前のような強引さが戻るまではまだしばらくかかると思いますが)筋トレに励みます 今日は怪我のことで皆さんに声をかけていただき嬉しかったです 今後ともよろしくお願いします    

投稿: 瀧川 猛 | 2007年10月21日 (日) 18時51分

瀧川さんへ
ここは焦らずじっくりした方が良いですね.
それと,筋トレも大事ですが本を買って読むのはとても勉強になります.宮崎さん推薦の本は自分にとっては結構斬新でした.
くれぐれもお大事に.

榊原

投稿: 榊原 | 2007年8月28日 (火) 19時25分

怪我から三か月も過ぎると「もう駄目かなー手術かなー長いな~」と半ばあきらめムードになっていましたが、診察の結果は良好で、手術は回避できそうです(復帰してまたやっちゃえば同じですが、そうならないようにリハをしっかりやらねば) 保存療法の後は(手術後も同じだと思いますが)腫れが残っていて、違和感があり、足首周囲の筋肉があちこち弱っています ドクターの話では、スポーツ復帰までは半年かかるかなと(受傷後からということなので11月後半に復帰予定) でも先が見えただけ、とても嬉しい一日となりました 怪我のおかげで解剖学やトレーニングの知識がまた増え、そのことを良い方に捉えて、残りのリハを頑張っていきたいと思います 走るのはまだ禁止ですが、少しずつ走れるようになってきましたら 審判等のお手伝いに顔を出したいと思います   

投稿: 瀧川 猛 | 2007年8月10日 (金) 21時03分

がまんの6週間が過ぎ通院してきました この期間がまんをしていたので腱が外れることはなく 手術回避の可能性が残されました 8月一杯はランニングも不可 ただし筋力回復をしていきましょうということでゴムを使ったリハをしていくことになりました リハの先生も全て予約でまだ会っていませんが がまんの日が続きます 体重が増えないように食事制限をしているのがつらいところですが(腱や軟骨に効きそうな食べ物はたくさん食べています) 復帰後また怪我…ということがないように他部位を鍛えて復帰に備えたいと思います 四十雀チームのコメントをいくつか読んでみて自分が思うところですが 守りの側から見てオフェンス側に「もっとこうすればいいのに」「ああすればよかったのにな」と思うことはいくつかあります ただ、プロではないので(もちろん上を目指しますが)どこまで言ってよいのかと悩むことがあります(自分ができていないことも多いですし) 技術や体力はそう急に変わらないと思いますが コーチングやポジショニングは経験によって、意識の仕方によってまだまだ伸びると思っています 自分が中学生のチームを指導しているときに ボールを持っていない時にいかに考えて動くかということを徹底的に教えて成功したことがあります 例えば、左のコーナーで下関さんがボールを持っている時に、右のサイドの自分が何ができるかということです その時には自分の守備の意識はゾーンで覚悟を決めて上がります 右サイドや中盤にボールがあり、自分の領域に一発でボールが来るようならマーカーをつかまえマンツーの意識です ただしマーカーが二人、三人になった時にどうするかは勘と経験で対処します 状況に応じた使い分けが大切だと思うのです 言い方は悪いですが、人任せにならない状況が随時作れたら、もっともっと良いチームになるのではないかと思います 若輩者がいろいろと書いてしまいすみません とりあえずは治療に専念したいと思います 夏のリーグ戦、宮崎さんが言うように水分補給がポイントだと思います 検討を祈ります            

投稿: 瀧川 猛 | 2007年7月11日 (水) 22時13分

古河マスターズ決勝敗戦の原因について

古河マスターズ決勝戦、力の差があって負けたのではないと感じています。力の差がないのになぜ負けたのか?この原因を考えることが、今後のステップアップにつながると思い、負けた原因について考えてみました。
負けた原因として考えられるのは「コンディショニング」と「戦術」の2つがあると思います。
1.コンディショニング 
1−①疲労の回復:浦安は決勝戦の前の週に準々決勝、準決勝の2試合を戦ったのに対して、相手(DFCドルフィンズ)は準々決勝なしで準決勝1試合しか戦っていません。予選リーグを含めて4試合全部を戦ったのと3試合とでは疲労の回復に差があって当然であると思います。準決勝と決勝はくじ引きで対戦が決まったため、くじ運が悪かったといえばそれまでですが、それでも取るべき方法あったと思います。準決勝終了後に十分なストレッチを含むクールダウンをチーム全体で行っていたら、疲労はずいぶん早く回復していたかも知れません。私自身もクールダウンをおろそかにしていたことを後悔しています。決勝戦の前のウオーミングアップの時に体が重く感じたのは、1週間前の疲労が十分に回復していなかったからだと思いました。
1−②給水:決勝戦は快晴で風もあまりなく、5月としては非常に暑い気温28℃(ピッチ温度32℃)でした。私自身も水分は十分に取らなければならないと思い、スポーツ飲料(ゲータレード)を試合前、ハーフタイム、延長戦開始前に十分に飲んだつもりでしたが、延長戦ではのどがからからになりました。試合会場には自販機がなく、会場の最寄り駅で買ったスポーツ飲料を飲みました。飲み物は冷たいほうが体への吸収が早く、また、体温の上昇を抑える働きがありますが、購入して試合まで2時間近くたった全く冷たくないものを飲んでいるため、飲んではいるが思ったほど吸収されていないのではと思いました。また、汗で失われたミネラルを補うためにはスポーツ飲料が適しているのかも知れませんが、スポーツ飲料は量を飲みにくいという感じがしました。水分量を稼ぐためには、飲みやすい水を数回に分けて飲む必要があると思いました(一度にたくさん飲むよりも数回に分けて飲んだ方が吸収量が多くなります)。今回の経験を通じて、水とスポーツ飲料の両方を飲んで水分量とミネラルの両方を補給するのがよいと感じました。これらは冷えたものの方が好ましいので(冷えたものは吸収が早く体温を冷やすことにも有効)、氷を購入してコップに氷を入れて水とスポーツ飲料を冷やして飲むのがよいと思います。水分補給については試合中のコンディショニングをよりよく保つために、特に暑い時期には重要であると思います。給水は敗戦の直接の原因ではないと思いすが、コンディショニングを整えるという意味では重要なのであえて取り上げました。 
2.戦術
準決勝は浦安らしいプレー(*)ができていたと思いますが、決勝戦ではちょっと違っていたと思います。その理由は、後になって考えると戦術にあったと思います。各自が試合中に「なぜうまくいかないのだろう」と考え、試合中に修正できるようになるのが理想と思いますが、試合をしている当人にとっては意識していても試合を客観的に分析するのは難しいと思います。毎試合各自が意識して、「なぜうまくいかないのだろう」と考えて話し合い、チームとしての戦術を練り上げていく必要があると思います。準決勝、決勝ともシステムとしては4−4−2でしたが、準決勝と決勝ではMFの配置が異なっていました。準決勝ではオフェンシブ(トップ下)1人、ワイド(左右)2人、ディフェンシブ(ボランチ)1人でした。決勝戦ではオフェンシブ2人、ディフェンシブ2人で、ディフェンシブの1人は相手の運動量豊富なオフェンシブMFにマンツーマンで付いていました。相手のシステムは4−4−2でMFは準決勝の浦安と同じでオフェンシブ(トップ下)1人、ワイド(左右)2人、ディフェンシブ(ボランチ)1人でした。攻撃はワイドMFから浦安ディフェンスの裏に走り込むTOPまたはオフェンシブMFにロングパスを出すという単純なものでした。前半は浦安MFの動きがよくパスの出所である相手のワイドMFにプレッシャーをかけたことと、攻撃の要となる相手のオフェンシブMFのマークがほころびなかったことから、ほとんど決定的な場面を作られることはありませんでした。後半になって相手のペースになってしまった大きな理由は、攻撃の起点となる相手ワイドMFへのプレッシャーがなくなってしまったためだと思います。ディフェンシブMFが2人、うち一人はマンツーマンマークに付いたため、相手ワイドMFにプレッシャーをかけるのはオフェンシブの2人でしたが、相手が浦安ディフェンスラインの裏を狙ってきたため、浦安のディフェンスラインが下がり気味で、TOPとディフェンスラインの距離が長くなり、中盤で相手MFにプレッシャーをかけるために長い距離を走らなければならず、前半で体力を消耗してしまった感じがします。相手の攻撃的MF+ツートップ=3人に対して、浦安は4人のDF+守備的MF=5人の人数をかけたため、浦安MFの体力の消耗もあり、パスの出所である相手のワイドMFへのプレッシャーがかけられなくなり相手ペースになってしまったと思います。試合をしていて、相手のレベルは、三井リーグで対戦する千葉、緑町、市原よりは劣っていたと感じました。決勝までいけたということは素晴らしいことだと思いますが、勝たなくてはいけない、勝てる試合で負けてしまったことを今後に活かしていきたいと思います。今後、レベルアップを目指すには、オフェンスに関しては、ボールポゼッション(ボール保持者の近くでパスをつないでボールを奪われない)の意識を高めること、ディフェンスに関してはできればゾーンディフェンスをチーム全体の動きとして意識統一をすること、ではないかと私は考えています。ゾーンディフェンスに関しては、我々の世代は指導者に教えてもらったことはないので、第一段階として各自がゾーンディフェンスについて勉強する必要があると思います(ゾーンディフェンスの勉強には「21世紀のサッカー選手育成法[ディフェンス編]大修館書店 ¥2,800+税 を必読)。
最後に、試合中はチーム内で批判し合うことはやめて、どうすれば勝てるか・浦安らしいサッカーができるかについて建設的な意見交換をして、楽しくプレーしつつもレベルアップするように努力しましょう!
*どういうプレーが浦安らしいプレーということには各自の考えがあると思いますが、私の中の浦安らしいプレーは次のようなことをイメージしています。攻撃に関しては::DFからMFへつないだ後、①MF間で1本パスをつないで相手DFの裏に走り込んだTOPへラストパス。 or ②MFからTOPにボールを預けて、TOPが再びMF(必ずしもTOPパスを出したMFではない)にパスして、DFの裏に走り込んだもう一人のTOPまたは、走り込んだTOPとは逆サイドで相手DFの裏に走り込んだMFにラストパス。→少ないパスで相手DFの裏を突く攻撃!ただし、この攻撃はボール保持時間が短く、体力的にも厳しいものがあります。今後更なるレベルアップを図るためには、ボール保持時間を長くしながら(→これを実現するためには楽にパスをつなげるところに体力消耗が最小限となるようにチーム全体が意識して動くことが必要、)最終的には相手DFの裏を突く攻撃を目指していく必要があると思います。 守備に関しては:DFはラインを保って下がりすぎず、TOPとDFの距離を空けすぎない。MFがボールをもった相手MFにプレッシャーをかけて、①パスコースを限定して、DFがパスコースを読んでカットする。 or ②ボール保持者がバランスを崩したところをMFまたはDFがドリブルのコースに身体を入れてボールを奪う。今後更なるレベルアップを図るためには、チームとしての守備の約束事を決めて、チーム全体でそれを実現するために取り組む必要があると思います。現時点では守備についてのコンセプトがしっかりしていないため、チームとしてまとまった守備ができていないと感じています。誰かリーダーを決めてコンセプトをはっきりさせ、そのコンセプトの実現に向けて各試合で実践/反省(問題点の摘出)/問題点解決のアイデア考案/次の試合でアイデアを実践 この繰り返しでコンセプトをみんなが共有し実践できるようにしていく必要があると思います。

皆さんのご意見を是非聞かせください。
よろしくお願いします。

追記)妻がゴスペラーズの村上てつや(サングラスをかけたリーダー)の大ファンなので、すこしでもコネがある方はご一報ください!コネができれば私の試合出席率が若干なりともUPできると思います。

投稿: 宮崎 | 2007年6月30日 (土) 00時00分

偉大な先輩からも叱咤を頂いています.
40の皆さん,楽しく良いチームになるべく頑張りましょう.

*******************************
古河の奮闘はクラブ員一同感激しています。自信を持つのは多いによろしいのですが!自信と自慢は少し違うと思います。榊原君の講評と試合結果を見るとアンバランスがあります。2試合で5ー0です。完敗以外なにものではありません。良チームいになりつつありますが強いチームではありません。初心に戻って冷静に判断して下さい。

投稿: 榊原 | 2007年6月22日 (金) 12時35分

ナリさんから,先日の試合講評に対するコメントを頂きました.

 今晩は、ナリです。ばらの思いを見て、私の思ったことは、
40のチ-ムは、最近バランスが悪いように思われます。それ
は、相手に中盤を支配されて、自由にプレイをさせているよう
に思われます。中盤がひし形で形成されていると、見方同士の
距離が離れているので、バックのクリア-ボ-ル等も相手に拾
われているように思います。相手チ-ムが同レベル以上のとき
は、中盤の距離を狭くするボックス形で、バランスを整えた方
がイイと思う。最近の負け試合は、0敗が多いのも事実。
勝ち試合を思い出し、攻撃、守備のバランスを重視しては、ど
うでしょう。

投稿: 榊原 | 2007年6月22日 (金) 12時30分

古河マスターズの怪我から早一ヶ月が過ぎました チームにはご迷惑をおかけしました やっと皆さんとのプレーがかみ合ってきたところで残念でなりません 傷病名は腓骨筋腱の脱臼といいます 日常生活の怪我ではまずありえない怪我だそうで スキー選手(負荷がかかっているところに捻る)や捻挫を繰り返しているサッカー等の選手に多いスポーツ障害という感じだそうです 足首外側のくるぶしを巻くように走っている腱で足首を左右に動かす働きがあります(この怪我で存在を初めて知りました) それを覆っている膜がはがれ(靭帯も側にあるようで、ねんざで断裂するのと一緒にはがれてしまうという感じです) 脱臼すると、くるぶしの上に乗ってきます(痛い) 習慣化すると外科処置しか治す方法はありません 最初は尋常ではない腫れがあったことから、近くの整形外科に行き ギブスを巻きました(取り外しができるものです) 歩いていいと言われましたが翌日、「ぐりっ」という妙な激痛が…外れた腱を自分で元に戻すまで動けないのです… これは今までの単なる捻挫とは違うぞと感じた瞬間でした そこで多少スポーツ整形的感じの病院に行きMRI撮影に しかしそこにはMRIがなく別の病院へ そこはスポーツ整形を銘打っていたので初診料がもったいないと思いながらも早く結果が知りたいのでMRIを撮るだけでなく、そこで直接診察をしてもらうことにしました 結局は、手術の可能性もということで、「専門の医者を紹介する」とのこと 高校の頃に膝の前十字靱帯の手術をしたことがある川鉄病院を紹介してもらうことにしました 部位別に先生が違うからということで診てもらいましたが、あまり明確な回答が得られない…自然治癒の可能性もあるということで、できるだけ動かさないようにという診断を受け次回の予約 ふと壁を見るとサッカーのオリンピック予選に帯同しているドクターがいるではないか 次回の予約をキャンセルして(同じ先生になってしまうので) そのドクターに診てもらうべく再び病院へ(6月20日) 更に三週間の運動制限(徒歩のみ)の後 負荷をかけてみて脱臼するようなら手術ということになりました 初めての脱臼の場合7,8割の可能性で治癒するとのこと がまんの日々が続きます 軽い捻挫なら大丈夫だろうと、無理をしてサッカーをしてしまっていたツケが出てしまったようです 先に書きましたが高校生の頃に膝の靭帯を再建しました(サッカーで) 5年ほど前には勢いあまって転び鎖骨を骨折しました(もちろんサッカーで) 怪我はつきもののスポーツですが、一生続けていたいスポーツです 復活をしましたら、またよろしくお願いいたします   瀧川 猛         

投稿: 瀧川 猛 | 2007年6月20日 (水) 21時28分

みなさん。
ご無沙汰しております。
今シーズンは楽しみにしていたのに、私の不注意から大怪我をしてしまいました。(全治6ヶ月の鎖骨複雑骨折です)
今しばらくは、グランドを離れ、治療・リハビリに専心したいと思います。そんなわけで、しばらく参戦できませんが、前より強い体をつくって、できるだけ、早く、復帰します。近況報告もかねて安藤さんに「鎖骨骨折日記」をアップしてもらいました。暇なときはこれでもお読みいただき、健康でサッカーできる幸せをよっく味わっていただきたいと思います。
皆様の健勝とチームの勝利を祈念しつつ。
2007年4月5日
犬童伸平

投稿: 永遠のサッカ-ボーイ | 2007年4月 5日 (木) 15時51分

犬童さんの鎖骨骨折日記

2007年2月23日(金)
午後11時ごろ、会社からの帰宅途上、駅の階段を踏み外し、右胸部を強打する。
他の通行客から「大丈夫ですか、出血していますが」との声もかかったが、その声を振り払うようにして帰ってきた。そもそも、相当酔っ払っており、意識も朦朧としていたので、無事に家へ帰れたのが不思議なくらいである。机の上には、覚えのないタクシーの領収書が残っていた。

2007年2月24日(土)
翌日も二日酔いは残っており、相当、気分が悪かったが、約束があったので、女房に付き添ってもらって出かけることにした。ところが、朝起きてみてびっくり。脱ぎ散らかしたズボンと布団に多くの血が付いており、左目には、おおあざ、鼻にも深い傷と血跡が残っていた。所要を済ませ、なんとか自宅に帰ってきたものの、胸から肩へかけての部分が異常に痛い。ひどい打撲のようだ。浦安の日出整形外科へ行く。
レントゲンを撮ってもらったところ、看護婦はあっさりと言った。
「折れてますね。」
「えっ」絶句してしまった。「痛いとは思っていたけど、骨折とは。それに明日の試合はどうすんだよ。」
しかし、医者の見立てはもっとひどいものだった。
「こんな複雑な折れ方は見たことがない」というのだ。レントゲンでみると、右の鎖骨は横だけでなく、縦にも裂け、その裂けた骨と骨の先端は鋭く尖って上下に5センチぐらい開いてしまっていたのだ。
うろたえ、思わず聞く私。「サッ、サッカーはいつ頃出来ますか」
先生「う~ん。くっつくまで2~3か月、それからリハビリして都合半年ぐらいかな。」
その瞬間めまいがした。なんということか。酒に飲まれて、大けがをしてしまうなんて、サッカー選手として情けない。そもそも骨はちゃんとくっつくのか、機能や筋力に影響は出ないのか。後悔とひどい落ち込み感で頭はぐるぐる回る。
かくして、私の鎖骨骨折日記は始まった。

2007年2月26日(月)
毎日、激しい痛み。とてもじゃないが、会社に行く気になれない。いや、行けない。
なんとか、事情を話してしばらく会社へ行けないことを了解してもらったが、不審そうな社長の声。そりゃそうだよね。しかし、今はそれどころではない。会社のことも気になるが、今はわが身だ。
夜寝る時も寝返りも打てず、日常生活のすべてが大ごとになってしまった。
毎日、女房に髪を洗ってもらうだけでなく、生活のすべてをサポートしてもらう。気分は立派な障害者である。これで奥さんにますます頭があがらなくなってしまった。

2007年3月1日(木)
あまりの痛みに再度、病院へ。しかし、このお医者さん。あんまり心強くなることを言ってくれない。「このままでは骨がくっつかない可能性もあり、折れた骨の一部が肩の皮膚を突き破って出てくる恐れもある」。
インターネットでいろいろ調べる。鎖骨がくっつかなくとも、日常生活に支障なく暮らせる人もいる。
わがチームメートの山下さんからお見舞いのメールがあり、電話で話したところ、そんなことをいっていた。「そんなことを隠して頑張っていたなんて、なんてすごい選手だ。これから胸でのトラップがうまくいかなくとも、決して責めてはいけないな」と深く自省する。
しかし、それにしても問題なのは、この痛みである。片時も忘れることができない痛みが続く。右の肩から胸部にかけて、常に岩か何かが乗っているような鈍痛、そして、時に鋭い痛みが襲ってくる。

2007年3月2日(金)
奥園先輩から励ましのメール。
やはり骨折の経験がおありとのこと。(けがは)みなさん結構、やってますね。
ところで、奥園さんは、この6月からは、サッカーに加え、ボランティアもしっかりおやりになるとのこと。ますます盛んである。

2007年3月3日(土)
日出整形外科の担当医が腕のいい手術医を紹介してくれるという。新浦安整形外科の遠藤先生だ。手術例も豊富でていねいな手術をして下さるという。(なんでも仲間内で一番うまい先生らしい。しかし、この担当医って何だろう)
なんとか、こわい手術は回避して、自然にくっつくことを望んでいたが、手術した方が、①くっつく可能性が高まる(今のままでは5分5分だが、手術すれば90%以上の確率)、②早期に完治させられる可能性が高まるとのことなので、ついに手術に踏み切ることにした。

2007年3月7日(水)
手術の設備が整った浦安整形外科クリニックへ入院。明日は手術。しかし、不安である。うまくいくのか、痛みはないのか。

2007年3月8日(木)
午前中から点滴、浣腸。ほとんど素っ裸の状態で術台へ送られる。白内障の手術で角膜にメスを入れてから2度目の手術だ。13時からオペ。全身麻酔でわずか45分間の手術である。
手術の術式は骨髄のなかに釘をさしこみ、ばらばらになった骨をその周りに寄せて、骨同士がくっつくのを待つというもの。聞いただけでも痛そうだ。
術後、朦朧とした意識に名前を呼ぶ医者の声が響く。手術は無事に終了し、その結果についてレントゲン写真をつかって説明してくれたらしいが、猛烈な痛みでそれどころではない。傷口の痛みに加え、麻酔中に差し込まれたであろう気道を確保する管(名前は知らない)の傷でのどがひりつくように痛い。それでも、水も飲ましてもらえず(飲むと自分が苦しむよと脅されたが、理由は不明)、朝まで2時間毎に血圧検査と体温検査でひっきりなしに起こされる。加えて、これも手術中に差し込まれた尿管がぴりぴり痛い。
医者はいつも誰でも、手術は痛くないという。確かに術中は意識がないので、痛みは感じられないものだが、術後の痛みは相当なものである。14時から翌朝5時半まで、寝返りも打てず、唸っているほかはなかった。
朝5時半になって、やっと、いまいましい尿管をとってもらい、点滴の支柱を引きずりながらふらふらとトイレへ行く。

2007年3月9日(金)
家族がそろって見舞いに来てくれた。嬉し悲しいものである。家族のありがたみが骨身に染みる。

2007年3月10日(土)
普通は術後1週間、抜糸する時ぐらいまでは入院しているものらしいが、本日、退院させてもらった。少しでも歩かないと、なかなか体力が回復しないと思ったからだ。
なんしろ、入院中はトイレへ行くだけ。1日数歩しか歩けない。こんところにいたらみるみる体力は落ちししまうに違いない。まわりはけが人ばかりだし、当り前か。それに2週間も会社に行かないと、机がなくなってしまうかも知れない。

2007年3月12日(月)
女房に車で送ってもらって、やっと会社へ。三角巾はしているものの、誰かが、肩へぶつからないかひやひやである。徐々に肩の可動域が広がっている感じはあるが、右手は水平以上には上がらない。

2007年3月14日(水)
夕方になって肩が痛む。調子に乗って少し、動かしすぎたか。ほんの少しずつではあるが、腫れが引いているような気がする。しかし、内出血した後は、黄色く変色し、紫色のあざもそのままである。

2007年3月17日(土)
日出病院へ。抜糸をしてもらう。傷口の痛み、ツッパリ感が残る。

2007年3月19日(月)
抜糸してもピリピリする痛みは残るが、可動域はかなり広がってきた。

2007年3月22日(木)
鹿島さんからお見舞いメールをいただき、大変、恐縮する。
大先輩が頑張っておられるのに、自分は何をしているのか。1日も早く復帰できるようしないと申し訳ないよね。それにしても鹿島さんって鉄人である。

2007年3月24日(土)
X線写真によると、骨の髄に挿入した釘の位置が術直後より、体の中心部のほうに移動しているように見える。医者によると、体内に異物を入れたことに対する体の拒絶反応とのこと。釘の先端部分が、ちょうどのど仏の真下ぐらいで、下から皮膚を突き刺すように突き出ている。骨がくっつくまで、この釘は骨をつなぐものとして入れておく必要があるのだが、それと、これを拒絶しようとする体の反応とのせめぎあいである。
この医者の説明を聞いてかなり落ち込む。先生から、釘の先端部を、もう一度、骨髄のなかへ押し込む処置をしようかと言われたが、痛そうなので、やめた。もう少し、様子をみることに。

2007年3月31日(土)
やはり、釘の先端が皮膚または神経に触るのが痛い。思えば、骨折してから、種類は違うが常に痛みにさらされてきた。今は、とにかく、骨が早くくっつくこと祈るばかりだ。
骨さえくっつけば、この釘も抜ける。この痛みさえなくなれば、きっと、うんと落ち着いた気分になれると思う。

投稿: | 2007年4月 4日 (水) 17時26分

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